私が大学に入学したころ、父が糖尿病とわかりました。
糖尿病は、生活習慣病だから、食事と運動など生活を改善すれば、病気も改善するハズ。
それなのに、病気が良くならない人が多いのは、なぜか?
疑問がわいた私は、卒業研究として「慢性疾患患者の自己管理への動機づけの要因」をテーマとして選びました。これにより、糖尿病、肝臓病、狭心症や心筋梗塞などの心臓病の患者さんにインタビュー調査をすることになりました。
すると・・・
「味が薄くて、まずいものは食べたくない。」
「病院では計算して作ってくれるけど、カロリーを考えて作るのは、家じゃ難しい。」
看護学生だった私に、患者さん達が正直に気持ちを話してくれたおかげで、病気だけどおいしいものを食べたい欲求は抑えられないという、生活習慣病の患者さんの現実を知りました。
さらに、そんな卒業研究を指導してくれていた先生は、慢性看護学のプロでした。
しかし、その先生は糖尿病で心臓病を患っており「これは、80キロカロリー 、これは160キロカロリー。」と、毎日毎日考えながら食事をされているのに、太っておられたのです。
つまり、健康を保つために良いと考えられている食事法は、一般的な人の生活では実践しづらく、その道のプロである看護の先生ですら、なぜか実践しても肥満で糖尿病が改善しない。
それが現実だったのです。
私は、看護のプロになりたい。看護を実践する私が、誰よりも一番健康でいたい。自分の健康は、自分で守る。そう思っていました。
だから、「肥満になったら、健康に悪い」「塩を取りすぎたら、高血圧になる」と信じ、大学で看護師になる為に習った栄養の知識に加え、テレビや雑誌でもダイエット情報を集めました。自己流自然食、減塩とカロリー制限のある食生活のはじまりです。
肉は鳥のササミ、魚は焼き魚で、油はなるべくとらない。卵は一日1個。塩は控えめで、野菜サラダをとるか、野菜ジュースを必ず飲む。牛乳か、ヨーグルトは毎日とる。
自分では、かなり健康的な食生活をしていると思っていました。ただ、大学を卒業後、そんな食生活を続け看護師として働くようになると、手がしびれるほどの冷え性になってしまいました。
もちろん、冷え性に効くと聞いた方法も試しました。足湯、靴下の重ねばき、レッグウォーマーをする。しょうが入りの紅茶、○○酒、○○酵素など、色々と試しました。それでも、冷え性が根本的に改善することはありませんでした。
そうこうしているうちに、対人関係のストレスもあり、うつ症状が出ることがありました。
その時、私は知らなかったのです。
「食べ物にはいろんな性質がある」ことを。
「人間の生命力を維持するホンモノの食べ物と、逆に生命力を低下させるニセモノの食べ物がある」ことを。
「カラダを冷やす食べ物とカラダを温める食べ物がある」ことを。
でも今なら、わかります。
「カラダに良いと思って食べていたものが、冷え性やうつ症状に影響していた」ということを。
それからしばらくして、30才で結婚し、幸いにも33才で長男を授かりました。
そんな長男が生後8か月の頃です。軽い卵アレルギーがあることがわかりました。1才になり長男の為に卵なしのおやつを作ってあげたいと思っていたところ、私は「つぶつぶ」に出会いました。
「つぶつぶ」というのは雑穀の愛称のことです。それまで「雑穀は、ごはんに混ぜるだけ」だと思っていた私でしたが、ハンバーグやオムレツ、パンケーキやアイスクリーム、チョコレートに至るまで、雑穀を使うことで、なんでも植物性のもので料理が作れる食術があったんだ!と驚いたことを覚えています。
「おいしい=カラダにイイ」「まずい=カラダに悪い」。
シンプルで簡単な調理法なのに、おいしい料理が作れる「つぶつぶ」を知って、「食べたいだけ食べていたら元気になれる」ということに感動しました。
「おいしい、おいしい。」と食べたいだけ、つぶつぶ料理を作って食べていたら、手がしびれるほどの冷え性が改善し、疲れにくくなったのです。
そうして、私は16年間やっていた自己流自然食をやめました。
そんなある日。事件は次男が生後4か月、前歯が生え始めた時に起こりました。
ナンがおいしいと評判のインドカレーのお店へ、夫と行った時の話です。その日は、マイルドな辛さのベジタブルカレーを選んで食べました。そうして全部食べ終わって、授乳を始めたところ・・・それまで穏やかだった次男がガブッと、乳頭を噛み、激しく泣き始めたのです。
「え?もしかして、カレーを食べた後の母乳が辛かったの?」
お母さんの食べたものが、母乳になるとは知っていたものの、ここまで影響するとは、思っていませんでした。
そこからは大変でした。乳頭に傷ができたことが原因で、乳口炎になり、おっぱいは腫れあがりパンパンになり、3日間の発熱。痛みをこらえながら、少しずつでも授乳しつづけるのですが、発熱を繰り返す日々。カラダが疲労し、寝ている期間が長かったためか、腰痛が出現し、立てないほどにまでなりました。
その為、次男の自宅出産でお世話になった助産院にとびこみ、出口が化膿して出て行かなくなった母乳を絞ってもらいました。血や膿(うみ)と一緒に出られなくなっていた古い母乳が、噴水のように飛び散りました。失神するかと思うほどの激痛でしたが、歯を食いしばって耐えたのは苦い思い出です。
オッパイの傷を回復し、治癒させるためには、授乳回数を減らさなくてはならない。そのせいで今まで、好きな時に好きなだけ、母乳を飲んでいた次男は、お腹がすいても母乳を与えてもらえず、泣き疲れて目がうつろになっていきました。
「このままでは、この子は弱ってしまう。母乳にこだわっている場合じゃない。」
粉ミルクを哺乳ビンであげてみましたが、全く吸ってはくれません。どうしたらいい?と私は悩みました。次男は、まだ、4か月です。
しかし、ここでも「つぶつぶ」はすごかったのです。
「離乳食には早いけど、ヒエのスープをあげてもいいですか?」
そうやって助産師さんの許可を得て、雑穀であるヒエのスープをあげたら・・・次男はゴクゴクおいしそうに飲んでくれたのです!
そんな次男の姿を見て、食べ物が与える影響というのを今まで以上に知ることになりました。
思えば私たちの小学校時代もそうだったのです。
当時の食生活は、朝は食パンと牛乳。昼は学校で給食に牛乳。帰宅してからも、水代わりに牛乳。夕飯までに、ポテトチップスやチョコレートを好きなだけ食べて、母の作ってくれるごはんは、少ししか食べなかった。お風呂上りに、また牛乳をゴクゴク。一人で1日1リットル以上、牛乳を毎日飲むのが普通だったわが家。牛乳を飲むと背が伸びて、ますます元気になると信じていました。
でも・・・
私は小児喘息になり、兄は小児喘息とアトピー性皮膚炎に悩まされました。
私と兄の小児喘息も、アトピー性皮膚炎も、偏った食生活に、カラダがSOSのサインを出していたのだということを、私は理解しました。
次男の育児休暇から復帰した私は、看護学部の教員に復帰しました。食を変えたことで、冷え性が改善したことや、授乳期にカレーを食べた失敗から、「本当に人間のカラダに合った食べ物のコト」を伝えたい。熱い思いが高まっていました。ですが、現代の看護学教育の枠組みの中で、そのことを伝えることは難しい。伝えたいのに、伝えられない、そんな葛藤がありました。
でも・・・
「看護とは、人間の生命力の消耗を最小限にすること」
ナイチンゲールの言葉が、私の中にはいつもありました。
「つぶつぶは、人間の生命力の消耗を最小限にする食術である」
そう確信した私は、大学教員を辞めると決心したのです。
私は、家庭で料理する女性が、「つぶつぶ」を実践できるようにすることが、自分の役割であると考えました。さらに、真の看護を伝えるナースとして、地域で「つぶつぶ」を伝えようと決心したのです。
つぶつぶの食生活を始めて6年経ち、「スッキリ小顔になった」、「体が引き締まった」、「肌がツヤツヤしている」、「別人のようにキレイになった」と言われています。
また、「カラダがポカポカします。」、「こわばっていた膝が伸びるようになりました。」と、つぶつぶを体験した人達からも喜びの声を多数いただいています。
私の夢は、私のように、「自分の健康は自分で守りたい」と思いながらも、自己流自然食でカラダや心を壊す人がいなくなること。
さらに、元気なカラダで輝く人生を楽しめるような世界を創ることです。
ですから、あなたにもぜひ一度「つぶつぶ」を体験してみて欲しいと思います。もし、何か食に関する悩みがあるのであれば、一度お越しください。あなたと会えるのを楽しみにしています。
(※あくまでも個人の体験談です。)